「ラッキードッグ1」ショートストーリー
『BitterSweet Symposium』
2015.04.01~

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◇    ◇

……。やばい。やばかった。ごきげんすぎ、はしゃぎ過ぎだったかな。今日は。
……。さっき、小便行った時、ハッと気づいたら便器に座ったまま寝落ちしてた。
……。ズボンの中でやっちまったかと青くなったが、それはさすがになかった。
……。席に戻ったら、遅かったな、とも言われず飲みは続いた。
……。やばいな。今日の俺はけっこう、キてる。セーブしていかねえと。
……。こいつらは全員タフだから、まああとは接待モードで行こう。そう……。

「――いいですか。ジャンさん」
「うん」
「――リンゴ一個に含まれるビタミンは……」
「うん」
「――リンゴ一個分なんです」
「うん?」
「……ジャンさんが、家に泊まりに来てくれるんです……。家の庭に、リンゴの木を植えますね。楽しみです。赤いのと、青いのと。黄金のも植えましょう」
「ああ、ウン。その。楽しみだなあ」
「でも黄金のりんごより、ジャンさんの髪のほうが金色で――きっと素敵ですよね」
「あっはい」
ジュリオの前に置いたグラッパのグラスはカラだった。俺はにこやかに、ポワンとする気分で話を聞き、流し――あえてグラスは見ないふりをしていた。そうしたらジュリオは手酌していた。
「……だから! お前らもたまにはヴェスプッチのジジイに絞られてこいやクソ! なんで俺ばっかりいっつもよう!」
「それは仕方がない。お前は長老会のオモちゃ……いや、お気に入りなんだ。それにヴェスプッチ殿は俺のことをあまり良く思っていないフシがある」
「ンだよそりゃあ」
「どうも、俺が車道楽してないのがお気に召さないらしい」
「……たしかに。俺もアルファ持ってるというだけでひどいことを言われたよ」
「だからなんだよ!? てか、お前がダメ出しされんのはよ、あのアルファ持ってるだけでめったに動かさねえし、動かすときは壊れてて、そんで自分で直せねえ、おまけにハゲの三重苦だからよ! いいかげん自分でキャブとスポークの調整ぐらいしろや!」
「聞き捨てならんなイヴァン。今、三重苦なのに四つあったぞ」
「まあ、ヴェスプッチ殿はお前に任せた、イヴァン。あとは頼んだ。ここはお前に任せて俺たちは先に行く」
「適材適所というやつだね。なあ、ジャン」
「ア、ウン」
ベルナルドもルキーノも、イヴァンもまだ大丈夫そうだ。こっちはジュリオの話を聞いてやって、アイスクリームをもう一度出して……。
「じじいころがしってやつだな。イヴァンはル・オモのドン・ピロータ、ヴェスプッチ殿。ほかにも何人か手玉に取る才覚の持ち主だ。俺たちには真似できない」
「好きでやってんじゃねえよ! クソ、俺の本気の転がしはオンナのだなあ――」
「待て、ルキーノ。じじいころがしといえば――イヴァンもそれなりだが……ここに居るジャンの前では、残念ながら転がしてないと言わざるを得ない」
「えっ」
「しらんがな!」
「アレッサンドロ親父も、若い頃は名うてのじじいころがしだったらしいからな。ジャンもその血を引いているの……ッ、ゴホ、ん……。ま、まあ二代目だから、うん」
「たしかにな。ジャンはあのユダヤの極道じじいまで転がしてる。あとは……デイバン市長、NYのドン・マンガーノ、カヴァッリ殿とヴェスプッチ殿は言うに及ばず。考え様によっては女ころがしの何倍も有益な天性だな」
「そ、そうかな」
「イヴァン、残念だが……」
ベルナルドは、指でもてあそんでいたシガリロを深く吸い――干しぶどうの香りの紫煙をたっぷりくゆらせて、言った。
「ジャンのじじいころがしパワーは……計測不能だ。眼鏡が割れる。あえて数値化するなら5万馬力以上……」
「えっ。じじいころがしって馬力単位なの」
「それと比して、イヴァン。お前のじじい転がしパワーは…………。パワーは……」
「パワーは?」
「酔ってんのかこの駄眼鏡。さっさと言えよ!」
「2だ」
「むしるぞこのこっぱげが! てめ……ッ! ヅ! 痛! 肘打った……シビ……!」
「ハハッ、そこぶつけると気持ち悪いだろ。ああ、イヴァン。リモンチェッロ頼む」
「う、っせ……! 自分で出してこい、くぉおお……」
「――イヴァン。ひとをハゲとののしる時――ハゲは、お前のことも見つめている」
「ああもうアッタマきた! こんなところにいられるか! 小べ……ッ! ぐがが!」
「今度は膝か。酔ってるのかイヴァン」
……。だめだこいつら。全員、出来上がってるの向こう側にいっちまってる。
俺は……。

……。ああ、でも――いい気分だ。
……。ほんとうに、こいつらでよかった。何も欠けなくてよかった。
……。もう、こいつらに全部くれてやってもいい。そんな気分だ――
……。眠い。


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