「ラッキードッグ1」ショートストーリー
『BitterSweet Symposium』
2015.04.01~

#1#2#3#4#5#6#7#8#9#10

◇ Giulio awake ◇

……ふと、目が開いた。
暗い。何の音もしない。空気に、何も感じない。
「……。……う……。か、ッ……ごほ……」
意識しないうちに、口から咳が出た。その口はゴムでも舐めていたような不快感と、じっとり重い乾きでガサガサになっていた。
目も、何かタールでもへばりついたようだ。上手く見えない。
耳も、何の音も拾わない。この静けさの中で、麻痺したようになっている。
鼻も、ただの呼吸のための空洞になっている。なんの感覚も、拾わない。
舌が、いちばんひどい。汚れた苔でも生えてしまったようで、ただ不快で。
「……く……。……っ、う……」
喉と、食道がケイレンした。焼ける胃液の感触がせりあがって、不快だ。
「……俺は……。なん、だ……」
ジュリオは、いつのまにかまた目を閉じてしまっていて――重苦しい眠りに沈みかけてから、ようやく自分がつい数秒前に、その眠りから目を覚ましていたことに気づく。
「――…………」
暗い。何の音もしない。何の匂いもない、感覚もない。
ただ……自分の身体の奥から、不快な重さだけがにじみだしてくる。
ああ……。これは――この感じ、これが……そうか。
「……飲み過ぎた」
他人がこの状況になっているのは何度も見てきた。
だが、自分がこうなるのは初めてのことだった。
……いや。本当に初めてか……。……思い出せない。……どうだっただろう。
「……脳の記憶槽まで、だめか……。ひどいな」
さっきから一人で、つぶやいているつもりだった。
だが、ばりばりに乾いて、ひりついている喉と唇はただ震えただけ。
いまだに、過剰に摂取してしまったアルコールが残っている身体、その中でいちばん手ひどく、アルコールと、それが変化したアルデヒド毒物にさらされている脳幹の奥だけで、ジュリオは無意味なつぶやきを繰り返す。
「……次から注意せねば。……いや、もう止すべきだ。……こんな有り様では――」
…………。
……こんな? 俺が、こんなふうだと、何が困るのだろう。誰が困る?
「……誰……」
ジュリオは、また目を開く。
……いま、なにかものすごく大事なことを思い出しかけたが――意識が、脳髄が、身体ではなく別の容器の中に収められているようで、自分のものではないようで……。
……なんだろう。それを忘れるなど、有り得ない。
……なんだったか。ものすごい焦燥と、自己嫌悪のようなものを感じるが。
……それが何か、思い出せない。そもそも、何を思い出そうとしていた?
「……く……」
ジュリオは、むりやりに目を開く。さっきは、開いたつもりで、身体が動いていなかった。
「――……。……ここは…………」
周囲は、暗い。何の音もしない。
暗闇の中……無理に開いた目は、光を拾おうとはせず、ただ乾いてまた目蓋の奥に隠れようとする。
ジュリオは、また目を開く。
今度は、周囲のものが瞳孔に映りだしてきた。
ここは……。
俺は今、どこにいる……?
「……。椅子……」
自分が、椅子に座っているのに気づく。
……なんだろう。クッションも何もない、無骨で、大きな木の椅子だ。
……目の前には、大きな円卓が、クロスがかけられた大きなテーブルがある。
……その上には、雑多な器がところ狭しと並んでいた。
「なんだ、ったかな……」
ジュリオは自分が、その椅子に腰を下ろし――そして、腰を下ろしたままの姿勢で眠り、意識を失うようにして、そのまま硬直するようにして……ああ、これは何と言うのだったかな。
「……寝落ち――」
どうでもいいことは、スッと脳髄の奥から出てくる。
そう。自分はここで寝落ちしていた。
普段なら、そんなことはありえない。
その原因は、どこかにある。
「…………」
……あった。暗闇の中で、次第に周囲のものが目の中で形象となって映り込む。
……この大きなテーブルは、自宅のそれや、レストランのものとは違う。
……どこだったか。下町の何処かの店の、大テーブルだ。
……テーブルの上には、カラにされて汚れをまとった皿がほぼ無数に、あった。中身がうっすら残るボウルや、トレンチャーの皿も、あった。殺された酒瓶も、いくつもいくつもあって、乾いた酒で汚れたさまざまの種類のグラスも、ほぼ無数に、あった。
……大きなクリスタルの灰皿には、シガーやシガリロの残骸が灰といっしょに溜まっていて、その残滓は、このテーブルで大の男が何人も集って、おそらく一夜をまるまる使うような宴会を、パーティーや会食ではなく、どんちゃん騒ぎをしていた、のがわかる。
「…………? ……あ……」
ジュリオの目が、ふと、自分の眼の前にある物体に、落ちる。
そこには、他と同じくカラにされて汚れた皿と、ボウルと、食器、そして……空のグラスが並んでいた。その饗宴の残滓、その中で――どうやら最後まで自分と向き合っていたらしい、小さなカラのグラスにジュリオの目が落ちる。
「……う、く……」
そのショットグラスの、虚しさを覚えるようなその小さな空の器に――それが何かを思い出して、ジュリオの胃と食堂が胃液を逆流させかける。
そのショットグラスの横には、中身のほとんど残っていないテネシーウイスキーの瓶が立っていて……ジュリオは、自分が“こうなった”原因がそれだと、思い出す。
「……飲み過ぎた、か……」
最初に、誰かが注いでそのままになっていたショットグラスを、干した。
……何故、だったか。
……普段は、そんな飲み方は絶対にしない。
……何か、酒で飲み下してしまいたい“なにか”があったのか。
そうだった。最初の一杯を飲んでも、その“なにか”は自分の中から消えなかった。
普段は、そんなことはしないのだが――さっきは、よほどその“なにか”が自分の中でつらかった、のだろう。自分が、封が切ってあったウィスキーのボトルをとって、手酌で酒を注いで、それを干して、繰り返して……。
「……ぷ…………」
また、胃がせり上がってきた。嘔吐してしまったほうが楽だと、認識する。
――しかし……
「……俺は、なんで…………」
ジュリオは、椅子の上で目だけを動かし、周囲を見る。
テーブルの上には、宴会の残滓がうず高く、残る。それが、ぼんやり見える。
……おかしい。
……何の、臭いもしない。食べ残しの匂いも、ソースが乾いた皿の匂いも、乾いたグラスの虫が好きそうな甘い匂いも、灰皿の鼻をつく臭気も、無い。
……これは幻覚だろうか。
「そう、だ……。雨……」
……おかしい。
……何の、音もしない。何か、雨降りの記憶があるが。……この場所は、この店はなんだったか。固く閉じられた鎧戸の向こうからは、何の音もしない。
……なにか、世の中が全てあやふやで……まがい物のようで。
……そもそも。なんで、自分はこんなところにいる?
……宴会のあと、食べ残し、酒の瓶。煙草の吸い殻。
自分は、この宴会に参加していたのか。……誰と?
「……」
ジュリオは、何かぼんやりする視野の中で、この乱雑なテーブルを、見る。
……そこには――在って、しかるべきものが、有った。
「……椅子」
大きな丸テーブルには、不ぞろいの歯車のギアのように、自分が座っているのと同じ木の椅子の背もたれが見えていた。
そこには、人影は、無い。誰も居ない。ここには、自分しかいない――
「……いち、に……サン……シ」
無人の椅子は、四つ、見えていた。
その数字に、ジュリオはなにか思い当たるところがあった。なんだったか。
その数字、そして自分の存在が……何かのヒントになっている。
「……ああ。そうだ――」
思い出した。
自分は、ここで宴会の席に居たんだ。
ジュリオは、まだ酒の毒で混濁している意識の中で、そのことを思い出す。
「そうだった、あいつら……」
仲間のことを、思い出す。
どんな運命と偶然がそうしたのか。自分と仲間になって、そしてここに集まった――
「たしか……。そうだ…………」
ジュリオの口の端が、ヒク、とちいさく引きつるように笑った。
……その席に座っていたのは――
たしか、イヴァン、だった。あいつは、酒の給仕を、ウェイター役をしていてこの席と、むこうにあるバーカウンターを行ったり来たりしていた。ああ、思い出した。この場所は、店は、イヴァンの……いや違う、イヴァンの後見人の、ヴェスプッチ氏の店のキイサイドだったかな。イヴァンもいいやつだ。仕事もできるし、カネの動かし方が上手い。酒をつくるのも上手だし、字が綺麗だ。でもすこしうるさい。女のことで説教すんな。お前が。
ジュリオの口から、フ、と笑うように言葉が漏れた。
「――素人童貞のくせになまいきだ」
……あと、そちら側の席は、ああそうだ――
たしか、ルキーノ、だった。たしかロワールのワインを持ち込んできていた。こっちがシャンパーニュを持ってきたんで気を使ってくれたのかもしれない。口では言わないが、幹部として立場が悪い自分に気を使ってくれるいいやつだ。譲ったつもりだったが、麻薬ビジネスは彼に任せて正解だった。おかげでこちらはひとつ、リスクを無くすことができた。彼は仕事もできるし、あの派手なカネの動かし方は天性のものだ。でも身体が無駄にでかい。新型の銃を買うのはいいけどもっと練習しろ。あと最近ちょっと香水がくどい。
「――この前、坂道発進失敗してたの見たぞ」
……それと、あちらの席は、ああそうだな――
たしか、ベルナルドが座っていた。そう、思い出した。本人は気後れしている風だったが、あいつが持ち込んだボルドーはけっこう自信満々だったのを俺は知っている。だが出る順番がまずかったな。50年早かったな。ベルナルドもいいやつだ。面倒事を片付けたり帳簿をしきったり、厄介な交渉を引き受けたり。ああいうタイプがいてくれないと、組織は回らない。性格が細かいというか少し陰険なのも、金庫番をするには最適だ。うちの商会にああいうタイプがいてくれたらもっと楽なんだが。でも最近、カバーのはずの映画会社に夢中なのはどうかと思う。才能のないことをしたがるというのは悲しいことだ。あと、最近どうでもいい話が長い。長すぎる。
「――長すぎて……へんなかみ」
また、フ、とジュリオの口から笑みのような息が漏れた。
酒のせいで、だいぶ意識と記憶が混濁している。それは、自分でもわかる。
仲間のことを思い出して……普段だと、口にしないのはもちろん、思うこともないような彼らへの感想が喉のあたりに沸き上がってくる。彼らのことを思い出すと、愉快だ。
「……みんな、いいやつ――」
三人の仲間たち。そう……組織の、仲間、俺と同じ幹部の男たち。
……幹部、の――四人……。
「…………。――……?」
ジュリオの目に、誰も座っていない椅子が、映る。
しっかりとテーブルの前に戻された、無人の椅子。
……あそこにイヴァン。ベルナルドに、ルキーノ。では、この俺の横になる、この席は……。この席――誰………………。
「……。…………!! な、う、わ……!!」
ガタッ、と――ジュリオの座っている椅子が揺れ、床板とのあいだで軋む。
その椅子の上で、腰を下ろしたままの姿勢で……ジュリオの身体が、硬直していた。
「……あ、ぁ、あ……!! し、しまっ……。な、なんで…………」
――まさか。
――なぜだ。
――ありえない。ありえない。有り得ないありえない。ありえないありえない!!
「……ジャン……さん…………!!??」
まさか――
この自分が――
この俺が、このジュリオ・ボンドーネが――
CR:5のソルダートにして、あのひとの名誉ある護衛であり弾除けである俺が――
自分が、よりによって――
「……す、す……すみ、ません…………責任――」
意識が、ちぎれて拡散しそうだった。意識の制御から捨てられた身体が動かない。
よりによって、この自分があの人のことを――
ジャンさんのことを忘れ………………否、そんなことはありえない。
いくら酒の毒で混濁していたとはいえ――
ジャンさんのことを思い出すのが、一瞬、遅れてしまうだなんて………………!
「……あ。あ………………。……? ……ジャン、さん……?」
とにかく、ひれ伏して謝らねば……いや駄目だ、ひれ伏すと俺のご褒美になってしまう、こういう場合は、事務的に、役員会の奴らにするように謝罪せねば。ジャンさんに。
だが――
「……。……ジャン、さん………………」
ジュリオが名を呼ぶ、その相手。
ジュリオにとってはこの世界そのもの。
否、この厭離すべき穢土などと比較してはいけない存在。
ジュリオの、全て――
その存在であるはずの相手、彼の上司、カポであり、最愛のひとであり全てを与えてくれる実在する神性、ジャンカルロという名前の欣求すべき無限の光であり無限の世界――

――それが、居なかった

「………………………………」
自己嫌悪することで人が死ぬことがあるのなら、まさに今、ジュリオは死んでいた。
だが、ジュリオは漏れるような呼吸をし、目を動かす。
「……ジャンさん…………」
そこには、誰も居ない。
ジャンさんも、いない。そして同じジャンさんの部下である、仲間たちもいない。
――ジュリオは、一人だった。
暗闇の中、何の光も音も匂いもない。終わった宴の残滓の中、ただ一人。
終わったカルナバルの汚れた広場を、泣きながら立ち去ってゆくアルルカンたちの背中もない、空虚で無機な、暗闇の円卓。全てを捨てる門のたもとの、孤独――
「……俺は――」
記憶が戻りかけて……一瞬だけ、現実感のある恐怖がジュリオの中に走る。
ジャンさんは、たしかその椅子に座ったまま先に眠ってしまって、いた。
もしや、寝こけて椅子から落ちてしまっているのでは? とジュリオは焦ったが……椅子は、綺麗にテーブルに戻されており、床には靴が残した汚れと、何かのナッツの殻くらいしか落ちていない。
――ジャンさんも、仲間たちも、誰もいない。
「――……フ……。そう、か…………」
椅子の上で、身じろぎすら出来ないジュリオ。
見えない電気椅子のベルトと電極に掛けられているような、ジュリオ。
その口から、乾ききった嘲罵の笑みが漏れ、その体が内側に萎む。
「……みんな、いってしまった――」
いってしまった。
自分を残して、みんな、いってしまったのだ。
「……それでいい………………」
ジュリオの口から言葉になってない吐息がぷしゅうと漏れ、肩が萎む。
――わかっていた。
みんな、いったのだ。ジャンさんも、ベルナルドも、ルキーノも、ベレットも。
「………………イヴァンも――」
自分をおいて、自分を残していってしまった。
「……俺がいないほうが……いい、ですものね………………」
ジュリオの目がカク、と虚しく乾いている毒杯の中に、おちる。
たぶん――
さっき、自分が自棄になったようにこのウィスキーをのんで、そして不覚を取って落ちて寝てしまっているとき……ジャンさんは入れ替わりで目を覚まし、ベルナルドは電話から戻り、イヴァンは毛布を持ってきたが空振りでファックを言い、チエコは新人の教育がうまくいかないとため息をついたのだ。
「…………ルキーノは手洗いから戻ったか――」
そうして――
俺が寝落ちしていたので、ジャンさんは優しいから、俺を起こさないようにして、他の連中をつれてここから出て行った、のかもしれない。
イヴァンあたりはこの時間でもやってる、ベタベタにぬれてるチャイナタウンの飯屋に自信たっぷりに行きたがるだろうし。ルキーノは間違いなく、自分の仕切りの女たちがいるけたたましいサロンにジャンさんたちを連れて行くだろう。カヴァッリ殿は自分の屋敷に連れて行って落ち着いた席を用意し、久しぶりの小言の時間に気分もよく――
「……ベルナルドの、例のいかがわしい店はオーナー変わってたな――」
――そうだ。きっとそうだ。
自分がいると、陰気で座が白けるから。
ジャンさんはみんなをねぎらうために、もっと明るくて景気のいい店の二次会にいったのだろう。童貞の自分に気を使ってくれたのかもしれない。ジャンさんも男だ、ル・オモだ。自分みたいな暗い陰気なのをおいて、たまには派手な女たちのいる店で飲んで、お楽しみをしたいのだ。他の連中といっしょに。ジャンさんも、みんなもヤクザだ。そういう飲む打つ買うは甲斐性だ。もっとすべきなのだ。自分はそれを邪魔してしまっていた。ジャンさんはやさしいからそういうことは言わないし仕草にも見せないがあの人は他の幹部たちのカポでもあるから俺の面倒だけ見ていればいいわけではなく全員のねぎらいもカポの大事な仕事だそれは当然なんだ自分のせいでそこに軋轢が在ってはいけないのだそのためには俺だけが二次会に呼ばれなくて一人で吐き戻しそうになっているのも全てジャンさんのためだからこれでいいんだからこれは俺にとっての幸せなんだみんなはいまごろもっと陽気な場所で飲み直してとなりに久々に着飾ったレディたちをおいて今夜の相手を選んでそのあとの予定までばっちりでだから俺はここで一人で暗い中でぼんやりしているのが今夜の予定でいいんだそれがいいんだジャンさんよかったですねせっかくですから楽しんでください最近ずっとお疲れでしたこれ以上ご迷惑やご心労をかけないようにしないといけないああそうだもっと早く気づくべきだったこんなことならせめて童貞を卒業しておけばよかった素人童貞ぐらいだったら俺でもなれたかなお金があればなんとかなったかな俺は愚かだ自分の存在は最初から邪魔だったのだ誰も俺のことを必要としていない俺はいてはいけなかったこの宴会が始まる前から俺は邪魔だったのだ孤独になるべきだったのだ消えるべきだったのだ自分がジャンさんの負担になってしまっていたのだとしたらそれが一番――つらい
つらい。
「……ジュリオは、大丈夫です――」
ジュリオは、周囲の空気がスッと冷えるような声でつぶやく。
ああ。悲しい。全然、大丈夫ではない。
意識はどす黒い泥になってしまった。
身体は、血液が流れていなくてもう動かない。
――ああ……。
自分は、この無機質に汚れた闇の中。光の中にいるジャンさんを想うこともおこがましい。
――ああ。
この世界は、熱と光と広がりを失ってしまった。熱的死を迎えた死すら死んだ世界。
――ああ。
この世界、宇宙、次元の片鱗はすべての意味を喪った。
――ああ。
一説では、この空間世界には無数の次元世界があるという。その恒河沙のような無量世界はそれぞれが風のゆらぎほどの差異を持ちながら、可能性と結果、光と時の格子展開の中で無限に広がり、その中にはまた無限の数の世界があり、そして無数の自分がいるという。
――ああ。
もしかしたら……その無数にある世界の中のいずれかでは、自分はもしかしたら、ジャンさんとこの心を通じ合わせ、気持ちも身体も一つにできている世界があるのだろうか。その可能性と結果は存在するのだろうか。そんな幸せな世界と自分は存在するのだろうか。
――ああ。カッツォ。
その自分を殺してしまいたい。緑色の目になった怪物の俺に、その俺は殺されてしまえばいい。俺に俺が殺せるだろうか――可。殺せる。そんなリアルが充実した俺に、この餓狼の俺が遅れを取るなどありえない。俺は俺の手で可能性に殺されるのだ。
「………………。……ジャンさん……」
ジュリオの肺から、最後の息のそれような空気が、言葉といっしょに漏れた。
それが漏れて――ジュリオの方が、胸がしぼんでも……そこが膨らみ、空気を吸う呼吸は……起きなかった。息を吐いたまま……影の中に沈んで、そういう壊れた食器のようになってジュリオの姿は――
TRAMP!!
「――……。ハハッ…………」
「!!」
一瞬で、ジュリオの身体がビィイイインン!と無音の音階で震え、戦慄した。
何かが――
いや、誰かが――
この暗闇の中、冷えきった熱的死の世界の中、孤独の中で――
ジュリオの背後に、いた。
「……な……!? いった、い…………」
その何か、いや、誰かは……突然、本当に突然に、ジュリオの背後に立っていた。
そして――間違えようがない。小さく、笑った。
からかうような、仕方がないと肩をすくめるような、こちらを撫でるような、笑み。
「……!? な…………」
「…………」
幻想や逃避、ではなかった。
ジュリオの背後に現れた“それ”は、はっきりとした存在、熱量と質量、可能性と結果の連続性をもった――そして、意識を持った存在。
それがジュリオの背後に現れ、はっきりした足音を立てていた。
「――だ……なに、も……」
「…………」
その誰かは、ジュリオの震えた問いかけには、答えなかった。
だが……足音を、どこかから軽く、ひょいとこの床の上に飛び降りたような足音を立てたその存在は、ジュリオの背後、すぐ近くで…………。
「……。ま、まさか――」
「……」
すぐ近くに、いた。
その何者かは、ジュリオに手が届きそうな近くで――背後に立ち、そして、
「……フ…………」
なにか、肩をすくめた時のように息を漏らすのが、その音と、呼吸に乗った間違えようのない人体の熱がジュリオの耳朶と意識を打っていた。
――まさか……。
背後から放射されてくる熱。ケハイという名の生体電流、質量の空間反射。
そして、ゆるやかに呼吸をしている音と空気の流れ。
そして――冷えていた空気を貫いて漂う、生きている人間の放つ、匂い。
それらの全てが、つい一呼吸前までは湿った朽木のようだったジュリオの身体を、背後の末端からチリチリと活性化させてゆく。
ジュリオの喉が、湧き上がった唾液を飲んで、ゴクと動いた。
「ま……まさか――」
ジュリオが、ひとつの名前を口にしようとした。その時だった。
「……」
「ッ……クふ……!?」
背後の存在が、動いて――カツッと靴音を立てて――その鋲を打った革靴の音で、ジュリオの意識と濁っていた記憶に電流を走らせよみがえらせて。
その“男”は、ジュリオの真後ろ、椅子の背もたれに身を寄せるようにして近づき、背後から伸ばした手でジュリオを捉えていた。
「……! ふ…………?」
ジュリオは、まったく反応できなかった。
いくら身体と意識が泥と化していても――背後の動きに、決して早くないその素人のそれに、ジュリオは無抵抗で捕らえられる。
「……ン……」
ジュリオの背後、両の手指で捕らえられたジュリオの頭蓋、髪、そして目隠しされたそのジュリオの頭上で……吐息のような笑みが、漏れた。
それは――
「!!」
――まさに一瞬、だった。
一瞬で、ジュリオの身体に生体反応が復活した。電源を喪失していた脳幹が震え、無数の物質を放射。しぼんでいた肺では呼吸が酸素を取り込み、血管が心臓と同期して膨れ上がり、体内と血流の中に残っていたアルコールとアセトアルデヒドは瞬時に酵素で分解され、爆発的な代謝に備え筋肉の内部に蓄積される。
一瞬で、ジュリオは自分を再生し、そして……。
「う、ぅ……。ジャ…………」
その名を、呼ぼうとした。間違いなかった。この奇跡を間違えるはずもない。
その名を呼ぼうとしたジュリオの、その口に。
「…………」
「……っ……? ん、う……?」
背後から目隠しをしていた手が、滑り――片方はジュリオのしなやかな髪と、頭蓋を捕らえ――もう片方はそのまま、今度は言葉を奪うように熱い息を吐いていたジュリオの唇を背後からの手指が塞いでいた。
「……? う……」
抵抗は容易かった、が。するつもりも、必要もジュリオにはなかった。
もう、間違わなかった。
もう、迷わなかった。沈んで腐ることもなかった。孤独に悲しみを感じることもない。
――なぜなら。
「……は……ぅ、う……。じゃ…………」
ジュリオの口から、ゆるく手指を重ねられた口の奥で、その愛しい名前をささやく。その声に、頭上で、
「……ン……」
「あ、ああ…………」
小首を傾げたような声が漏れて、ジュリオの口から震える安堵の声が漏れる。
ジャンさん、だった。
もう、間違えようがなかった。
俺のところに、ジャンさんが来てくれた。
いつものように、あの子供っぽい笑みを浮かべている。見なくてもわかる。
この手の感覚。わずかに見える、この手指、料理の時の汚れが少し残った爪。腕時計のあと。そして背後のこの体温、揺れている金色の髪の匂い。シャツの中で醸されていたジャンさんの汗の薫り。
ああ……。ここには、ジャンさんがいる。
そして、戯れる二人の小児に等しい自分と、ジャンさん――ジャンカルロは、背後から俺のことを驚かせ、歓喜に包んで、そして……。そして……?
「あ、ふぁ……。……ン、さん――」
名前を呼ぶだけで、体中と脳幹と背骨に歓喜が駆け巡る。そのジュリオの口が、熱にうなされたような息と、声を漏らすと――そこに、口をふさいでいた背後からの手指がそういう大きなクモのように動いて、ジュリオの唇と、舌に触れて、犯す。
「……ぅ……! ふ、ぁ……」
「……」
また、ジュリオの紙の中にささやくような熱い、頭上の吐息。
背後のジャンは――座ったジュリオの背後に立ち、その手指をジュリオの顔に這わせ。そして、手指をジュリオの口腔に挿して、その奥の力ない歯を、怯えたように濡れて縮こまる舌を探って、それを指でなぶって、いた。
「……ぅ、ふ……、っ……、っ、はあ……、あ……」
「……」
ジャンカルロは無言のまま、だが、何か楽しみ、興奮するような――鼻息の混じった吐息をときおり吐いて、ジュリオの髪を揺らしながら……。
「……ぬ……っ、は、ぁ……あ……? ジャ……あ、ンく……」
背後からの片手が、その手指が――歯磨きを嫌がる赤子にそれをするように、指で、ジュリオの口の中を確かめるように動いていた。頬の内側、そろった真っ白な歯と歯肉を男の指がなぶって、撫で、押して……舌を摘むようにしていじり、付け根の裏をくすぐって唾液腺を溢れさせる。
「……ッ、く……ふ、う……か、は……」
「…………」
ジュリオは、しばらく自分がその手指に犯され、呼吸を忘れていたのを思い出す。ぼうっとした意識の中で、それでもジュリオは――間違えようのないジャンの指、その感触と味に、脳幹を電気で洗われているようになって身体と意識をとろかせ、まぜあう。
……自分は間違っていなかった――
今まで何度も、ジャンの汗の匂いや、ハンカチ、食べかけの食べ物などに残されていたジャンの残滓で予測、予習をしていた、ジャンの皮膚の味は、自分の想像そのままで――
「……ぁ、あ……。く……ゃ、ン、さ…………」
「……ハ…………」
背後で、ジャンが小さく笑った声がする。ジュリオは、背後から襲ってきた手指に口を開けさせられ、無防備の口腔を指で弄ばれながら……その、予想もしていなかった快楽の中に自分を沈殿させる。
「……ふ、プ……、ぅ……。……はっ、は……ぁ……」
「…………」
ジュリオの口の中で、あふれた唾液が下品なほどに卑猥な音をたてた。快感に身を任せたジュリオは、息をするのももどかしく――ただ、その指のやさしい暴虐になぶられ続ける。
「……ぅ……っ、は……ぁ、あ……ぬ、っく……」
おそるおそる、そのジャンの指に舌を絡めてみると……その指は“この舌か?”とでも言うように、奥に、舌の根をつかむように伸びて、ジュリオの口の中に唾液混じりの咳込みを溢れさせる。
「……く、ほ……こほ……、す……すみ、ま……ッ、あふ……」
ジュリオの口の中、唾液にまみれていた手指が動きを停めると……ジュリオは、一瞬だけ迷ったあと、すぐにその指の束に舌を這わせて、閉じられない唇でキスをする。
ジュッ、と唾液を啜る音が漏れると、
「……。……ッ、ア……」
その指をつたないフェラチオされた背後のジャンが、苦悶のような快楽の呻きを漏らす。その声が、ジュリオの頭のなかに虹をかけて――
「あ……、ぁ。はぁ……う…………。ジャン、さん……」
「…………」
指を口に含んだまま、それでも愛しい名を呼んだジュリオに、背後で頷くような笑みが漏れ、もう片方の唾液で濡れていない手が、犬にするようにジュリオの髪と、耳と、頬とをそうっと撫でてゆく。
ジュリオは、その愛撫してくれる手にたまらなく触れたくなって――
「……は、ぁ……、あ……。ジャン、さ…………」
だが、その手は。
「……っ、ふぬ……ゥ……あ……」
「……」
頬と髪を愛撫していた手は、そのまま滑って――名前をささやいていたその口に、だらしなく唾液をこぼしかけていたその口に、ヌチッっと卑猥な音を立てさせながら……潜り込む。
「……う、ぅ……は……、ァ……!」
今度は――背後から、両の手が、手指が、ジュリオの整った美顔の両側からそういう器具のように襲って、だらしないほどにその口を開けさせ、そこに指を埋めていた。
「……ぬ、は……ァ……あ……。ふあ……」
「……」
完全に呼吸を忘れ――ジュリオは、口の中を犯して唾液を唇からあご、喉まで溢れさせてうごめくその指に完全に屈してしまっていた。まったく動かすことの出来ない身体の上で、首から上だけで悦楽に溺れながら……。
「……は、は……ぁ、はあ……、あ…………」
「……ッ……く…………」
ときおり、ジャンの指が束になってジュリオの舌をなぶると、ジュリオは唾液と舌でその指を吸って、何かを飲むように舌を使って――その舌の愛撫で、背後のジャンに鋲でも踏んだような苦痛めいたうめきを漏らさせる。
「……ク……。…………」
「……は、ッ、う…………ヌ…………」
最高の技巧でペニスをそうされた時のように、ジャンの身体がビクッと震え、背骨が丸くなって快楽に硬直する。ジュリオの頭上で、快感に崩れそうになったジャンの身体が、シャツ越しの胸板がジュリオの髪に触れて――ジュリオは、コプっと唾液を唇から漏らし、
「……は、あ……ぁ、あ……! ジャン、さ……ん……」
「……ゥ……ジュ…………」
乱れた息で、ジャンが小さく名前のような吐息を漏らす。そうして二人で荒い呼吸を混ぜながら――口を指でなぶり、嬲りあった、ただそれだけで、最高のセックスを終えた時のように快楽の吐息を交わし合っている、二人。
ジュリオは、すっかり体温が熱くなっている背後の存在に、その熱を身体で感じながら――ふと、今頃になって……快楽と酸欠でぼんやりした脳幹の奥で、考える。
…………自分は、ジャンさんの愛に応えるのは当然、だ。が……。
…………ジャンさんは、どうして自分なんかに、こんな……??
――また。
快楽で虹のかかっていたジュリオの奥深くに、ユラっと黒いものが動く。
――不安。
もしかしたらこれは現実ではないのでは。
自分の妄念が生み出してしまった、薄汚れた気高い妄念?
自分の汚れた思念が生み出してしまった、ほぼ完璧なイマジナリーセックスフレンド?
――じゃあ、自分は今……。
――なにをしているんだろう……?
そのジュリオに、
「……フ、っ…………。ー…………」
頭上で、なにか放尿でも終えたかのような、達したようなジャンカルロの息が漏れて、ジュリオをはっと覚醒させる。
「あ、ぁ……あ。あ……ジャン、さん――」
「ン…………」
ツン、と――ジュリオの背後で、今までなかった芳香が漏れる。
これは……すぐにわかった。ジャンさんの尿、そして……これは、ああ……。
「……ああ……。すてき、です……」
「…………」
ジャンさんの身体から、幾重もの生地を体温といっしょに貫通して――勃起が耐え切れずに漏らしてしまったカウパー液とそこに混じった精、そして尿の匂いがジュリオの呼吸の中に混じって、ジュリオの意識をさらに甘く、希薄にさせる。
――さっき、なにか考えて……。
どうでもいいことだった。
ジュリオは、それまで動かすことすら忘れていた自分の手を、右手を動かして――自分の肩に置かれて、そこで揺れていたジャンの手を、とっていた。
「……? …………」
「……あ、あ……。ジャン…………さ――」
ジュリオはそのジャンの手、熱にうなされたように力が入っていないその右手に、自分の顔を、唇を寄せ、
「……ふ……っ、ン……、は、ぁ……」
「…………」
ジュリオは、忠誠を誓うときのそれで、ジャンの血管がうっすら走るその手の甲に口づけをする。そして何度も、キスをし、
「……おれ……。うれし……です、こうやって――」
「……。……ッ、う…………」
今度は、ねっとりとそういういやらしい虫が這うように、ジュリオの唇と舌がジャンの指を含んで――セックスの種類のキスがジャンの指へと続き、奉仕するように目を閉じたジュリオが口から淫猥な音を漏らした。
「……! …………」
ジャンカルロが、うめくように歯噛みをする。
また、ジャンの背骨がビクンと固くなるのがジュリオにはわかった。それが、ジュリオの中で歓喜になって――さっきから、ジュリオのズボンの奥で失禁したように先走ってしまっている勃起が、じわっと熱を持って、また漏らしていた。
「ン……ふ、ぁ……あ――」
ずっとこうしていたい。
そう、心から熱望したジュリオの、その意識の奥底で、だがこのままではジャンさんは面白く無いのでは? という疑念が、またチラッと影になって揺れた。
「……あ、ぁ……。あ、の……ジャ――」
ジュリオが、自信なさげな声を出しかけた。そのときだった。
bonk!
「……! う、わ……ジャン、さん……?」
背後で、ジャンカルロが何の前触れもなく動いて――ジャンさんは意外と力がある――そうジュリオが思うほどの勢いで、ジュリオの座った椅子は彼を載せたまま、ガタッと半フィートほど後ろに引きずられていた。
「……あ。……あ、あの……――」
「……」
ジャンカルロは、何も答えなかった。
だが――
「……! あ、ぁ……! ジャン、さ…………」
「……」
――この暗がりの中でも、はっきりと見えた。
五月の日差しを固めて梳かしたような、似たものがない金色の輝き、ジャンカルロの金の髪がジュリオの目の前で、揺れていた。
そして、その髪がさわっと振られて揺れると、その奥からジャンの顔が――熱でとろけたような、笑っているような、細めたジャンの瞳がジュリオを見つめる。
「…………!」
見つめたのは、一瞬。すぐに、その瞳はジュリオの視野の中で、ブレて消え、
「……ふ、ぁ……ン……、ッ…………」
「……ン…………」
正面から、噛み付くような勢いでジャンカルロのキスがジュリオを襲っていた。
座ったままのジュリオ、そのゆるく開いた両足のあいだに身体をうずめ、両の手でジュリオの頬を、首筋を撫でながら――まだ溜まって、残っているジュリオの唾液を噛むような、そんなキスが二人のあいだに始まり、そして。
「……! ……フ……ゥ……」
「……ん、ぅ……ぁ、はあ……! はっ……」
ぎこちない、キス。
だが、お互いどうすれば相手がとろけるか知っているような、舌と唇と、粘膜を溶かし合うようなキス。不器用な吐息と鼻息、それが消えると、淫猥な粘膜と唾液の音。それらが不協和音のように、続き――
「……は……っ、あ……! ぁ、あ……」
「…………」
「……う、む……ッ……。……フ? あ……」
気づいたときには――
ジュリオのベルトの金具が、カチャと音を立てていた。高級品ゆえにシンプルな金具は、キスを続けるジャンカルロの盲目の右手で外され――その手は、そのままジッパーを探っておろしていた。
「……あ、ぅ……! ク……! ぬ…………」
その快感は激痛に似て、ジュリオの口から愛しい名を呼ぶことすらさせない。
「…………」
ジャンカルロの右手が、ビクンと硬直していた勃起を探り……そのまま、下着の上からジュリオの性器をまさぐり、しごいて手淫する。勃起し、尖っていた下着の先端に、手淫しながらジャンの指が探って、カウパーを漏らしてそこだけ色が変わるほどになっていたジュリオの先端をジャンの指先が固い尿道をほじるようにして愛撫する。
「う、ぅ……! だ……ぅ、うあ……。――ク……、ふぅ……」
「……」
そのキスも、終わってみれば短かった。
二人の恋人は――完全に、お互いを求め合ってしまった彼らは、キスの先にあるものを貪るため、身体を離し、見つめ合い――
「……く……ふ、ぬ…………ハァ……!」
「……」
再び、短いキスをしてすぐに離れ、そして。
「……ッ、ん……。……あ……。ジャンさん、そ、れ……」
「……。……ン……」
ずるっと、そういう粘液のようにジャンカルロの身体が崩れ、腰掛けるジュリオの足のあいだに身体をうずめた。
「……あ、あ…………」
「……」
だらしなく前を開けられたジュリオのズボン、そこからはみ出した、勃起を脈打たせる尖った下着の直前で、
「……。……フ、ゥ……」
ジャンカルロは、ジュリオを見あげるようにして――だらしなく、その口を開くと、下着越しににじんでジャンの指を糸引くほどに汚していた体液を、魅せつけるようにして舌でねぶっていた。
「……ジャ……ン、さん……あ、あ……」
もう、このまま触れずとも射精してしまいそうだった。ジュリオは、勃起が脈打つたびにそこから体液が漏れているような快楽の中、熱い濁った息を吐く。
その彼の前で、
「……~……」
ジャンは、自分の唾液で粘らせた手指を、スイと――
「……えっ……」
「……」
その手指には、四角い何かの包みが貼り付くようにして、摘まれていた。
ジャンの指と、そして歯が動くと、その包みはピッと裂かれ――そこから別の指が、なにか毒々しいほどに鮮やかなピンク色のリングを取り出し、指に挟んでいた。
「……。……ジャン、さん――それは……?」
「……? ……。……ハ……」
少し不安げになったジュリオの瞳と、声に――ジャンカルロは一瞬だけ、目に??という色を浮かべたが、すぐに。
「…………」
からかうように、ニッとつり上がって笑ったジャンカルロの口が、目が――今度は、そういう蛇のようにジュリオの身体を、すりあがって……ジュリオを見つめて、魅入りながら顔を寄せたジャンは、
「………………」
「……っ……。そ、そう、で……す、か――」
ジュリオの耳元に、ひどく熱い声でコンドームの単語と、そして。
「…………」
「……う……、ぅ、はい……」
ジュリオにそれを付けさせる、ひどく卑猥な隠語を耳の中に流し込んで――ジャンはまた、ジュリオの勃起を下着ごしに手淫しながら身を沈める。
いつの間にか――
あのピンク色のラテックスは、ジャンカルロの唇に咥えられ……
「…………!! ん、ぅ……ジャ、ん……」
「……」
蜜の色をした、熱でとろけたジャンカルロの瞳が下からジュリオを魅入り……。
「……は、はい……」
ジュリオが、震える手を自分の下着に這わせて、ゴク、とつばを飲む。
「……ン…………」
ジャンカルロの目が、スウッッと細くなって、その舌がまた唇を舐め――――――


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