「ラッキードッグ1」ショートストーリー
『BitterSweet Symposium』
2015.04.01~
◇ Bernardo awake ◇
がくん、と身体を揺さぶられた。そんな衝撃じみた、目覚め。
「…………う……。……。ああ……」
真っ暗だった。
そして身体の節々が痛い。とくに、背中と尾てい骨の当たり――硬い椅子と、壁に押し付けられてうっ血した背中と腰が、ぎしぎし言うような痛みを放っていた。
少しして……鈍い痛みのある頭の中で、いくつかの事象が形になる。
そうだった……。
もう少しして、目蓋がへばりついたようだった目に薄ぼんやりした電灯の明かりが差し込んでくる。ここは……そうだ、やっと分かった。
ここは、電話部屋――ビアンカネーヴェの、あの店の電話部屋。そうだった、自分はあの店でパーティー、というか宴会をしていて……いや、違う、俺たち、だ。
俺は、ここでジャンたちと……。
ベルナルドは、この店で大いに飲み食いして馬鹿騒ぎをしていた仲間たち、そして何者にも代えがたいあの男、カポのことを――ジャンカルロのことを思い出し、口から苦しそうなうめき声を上げて無理やり目を見開く。
ここは……そう、電話部屋。自分はなんでここに……そう、だった。
パーティーの途中で、ジャンが疲れていたのか眠ってしまった。あとで起こして、ちゃんとしたカウチか上の階のベッドで休ませるつもりだった、が……。
そうだった。ジャンが眠ってしまった頃合いに、少し気になることもあったので本部への確認の電話を入れようと――だから、自分はこの電話部屋に、いる。
「……く……。ん……?」
小さな電話台の上に乗っている、何の変哲もない、電話。
だが――その受話器は外され、台の上に横たわっていた。
これでは、万が一向こうからかかってきてもつながらない。
……待て。そもそも、俺はさっき、本部に連絡をしただろうか?
「……くそ、飲み過ぎ……。バカな、ちくしょう――」
頭がズキズキ痛むほど考えてみたが……ダメだ、思い出せない。
記憶が、無い。ちょうど、ジャンが寝ている顔を見て、笑って――そうして、席を立った、そのあたりからの記憶が、ごっそりとない。受話器が外れているということは、電話を掛けてきろうとした時に、悪酔いで意識が落ちたのか、それとも最初から掛けてないのか……?
「……ファック。……くそ、年をくったな」
乾いてガサゴソする口で、自嘲のうめきを吐く。ここ数日間、あまり眠れていなかったせいかもしれないが――たった、あれしきの酒で自分が記憶をなくすほど深酔いするなんて、考えられない。信じたくもなかった。
ちゃんと、ジャンが出してくれた料理も腹に収めながら飲んでいたはずなのにここまで悪酔いするとは……。
自己嫌悪に染まっていたベルナルドの目が、転がっている受話器に注がれ、そして。
「……まさか」
もしかして、電話で本部の留守番と話している時に……話しながら、意識が落ちたのかもしれない。その場合……まずい、向こうの本部では、なにかこちらにあったかと思って下手をするとこのダウンタウンまで部下が急行しているかもしれない。
とにかく――
受話器をとって、まだ繋がっているかどうか確かめ、電話を切ろう。
いろいろ焦り、困惑してはいても……身体はおっくうで、腕がひどく重く感じる。
ベルナルドは、受話器に手を。
だが、
「……? な…………」
自分以外の手が、先に受話器の方に伸びてそれを掴み、
「……おまえ――」
チリン、とベルの単音が鳴って、その手は受話器を戻していた。
その手は――袖まくりをしたシャツ、手首から先だけがうっすら日に焼けた、白く引き締まったその腕。そして、その上……シャツのボタンをいくつも外して胸元を開いている、くつろいだスタイルのその男は……。
「…………」
ジャン、ジャンカルロだった。
ベルナルドは、その男の出現に――アルコールで麻酔されている頭の奥で跳ね起きそうになるほど驚き、同時に……このまま崩れてしまうような、安堵も感じる。
そうか。ジャンも目が覚めて、逆に自分がこんな――
「……ああ、ジャン。すまない、ハハハ……。ここで寝落ちしてたみたいだ、みっともないところを見つかっ……。……? な、ジャ……」
ぼうっとした頭と、乾いてうまく動かない舌。それらをつかって、照れ隠しと自嘲の言葉を伝えようとしていたベルナルドの口が、顔が。身体が、固まる。
「お、おい……ジャン、な……」
「…………」
予想外の、事態。
ベルナルドの身体に、椅子にへたり込んでしまっているようなその長身に、何かの影かクモが覆いかぶさるように――男の姿が、身を寄せていた。
「ジャン、おまえ……」
予想外の距離、近さ。予想外の、感覚。ベルナルドは、急激に近くなったジャンの姿に、バリバリに乾いた口でその名を呼ぶ、が……。
「――……」
ジャンカルロは、それに何も応えず腕を伸ばし、両の手で、手のひらでベルナルドの髪に触れていた。その感覚と温かさに、ベルナルドはぎくりとして顔を上げる。その彼の頭を、髪と頬を、ジャンカルロの両手指が包むようにして、髪を梳るようにして……。
「ん……、ん――お、おい……?」
ベルナルドは、自分がジャンカルロの手の中で捕らえられてしまっていることに、愛撫されていることにようやく気づいて――声を出すより先に、顔を上げて、ジャンの顔を見……。
「……じゃ、ジャン、いったい――……?」
「…………」
ジャンカルロが小さく、息を漏らすような笑みをこぼした。その顔を見たベルナルドは、少しずれかけの眼鏡越しに見た、そのジャンの顔は――
……ジャンカルロ? ベルナルドの乾いた口が、声にならないまま、動く。
目の前で、彼の顔と髪をいとおしそうに撫でているジャンは……何を間違えることがある? ジャンカルロそのもので、そう……さっきからベルナルドの鼻腔と、呼吸の中に忍び込んでいるこの匂いもベルナルドのよく知る愛おしいカポのそれ、乾いた干し草のような匂いに汗が混じった、ジャンカルロのそれ、だった。が……。
「おまえ……」
ジャンの目を、見つめ返すと――いつもの、少し笑っているような、悪戯を考えているような、少年じみたあの金の瞳が細くなって自分を見ている。だが……その目を見ていると、その下にあるジャンの鼻と、口と、アゴの印象がぼやけていって――なんだろう、なにか夢の中でなにか思い出そうとしているような、そんなもどかしい、切ないような感覚がベルナルドを不安にさせる。
「ま……まって、くれ――」
そのジャンの目から自分の視線を剥がし、顔の方を見ると……口が、何かを吐息のようにささやき、笑っているの見ると……今度は、ジャンの目が、さっきまで見えていた金の瞳が、同じ金の前髪の奥に隠れて消えてしまったようで……ベルナルドは、眼鏡の下の目を強く閉じ、また開いて、ジャンカルロを見つめる。
昏い電話部屋の照明の下、そこだけ陽の光がさしているようなジャンの金の髪。……彼の髪は、こんなに伸びていただろうか? 何かのクセが付いているのか、少しウェーブがかったような、その髪……。彼の髪に、昔、巻き毛を作ったような……それが残っているような――
……ジャン、ジャンカルロだ。ほかに誰がいる……?
ベルナルドは、まだ自分が深酒で麻痺してしまっているのを感じて……ジャンの手に捉えられたまま、小さく首を振る。……ダメだ、まだぼけている。
あの時の、ジャンカルロ。ああ、なんだったか……ああ、そうだ。
――あのイベントで、邪悪な山羊の角を波打つ髪から突き出していた、ジャンカルロ。その衣装がまだ彼の身体に残っているような――ありえない角が見え、また消えたような……そんな感覚。
「……すまない、まだ酔って……俺は――」
もっと、ジャンをよく見て、そして声をかけようとしたベルナルドは――不意に、自分の視野がブレるの感じて言葉を切る。すぐに、わかった。ジャンの手指が、ベルナルドの眼鏡のとって、彼の顔から奪い去っていた。
「オ、おい、ジャン……なんの……」
レンズを奪われ、ぼんやりした彼の視野、そして感覚の中で、コトリと眼鏡が台の上に置かれた音がする。そして、また――あの暖かな、ジャンの手指がベルナルドの髪に両側から触れ、今度は髪をかきあげ、後ろに撫で付けるように。
「……。……」
フッ、とジャンが笑みを漏らす。その笑みが、吐息が熱く感じるほど近い――そのことにベルナルドはギクリとして、そして動こうとするが、
「……っ……! あ、あ、ジャン」
ベルナルドが、その名を呼んで……ただ、呼んで困惑した、そこに。
「……う、く……」
そうっと、ジャンの指がベルナルドの口を、乾いてざらついていた唇を撫でていって彼から言葉を奪っていた。そのベルナルドの身体、まったく彼が予想もしていなかった場所に――スラックスの右脚、アリストンの生地が衣擦れの音をさせて、そして。
「…………」
ジャンが、ジャンカルロが笑っていた。
ベルナルドは、座っている自分の右脚にまたがっているジャンカルロの重さを、その体温を、それらをあっさり貫通させる生地越しに感じていた。
「じゃ、おい……いったい――」
ジャンカルロが、近い。
いままでも、ふざけたり酒の席でじゃれあったりして故意に身体を寄せたことは度々あった、が……今度のこの距離、この感じは……ベルナルドを困惑させる種類の、近さだった。
この感覚と、熱さは、そう……。
「…………」
目の前で、ジャンが笑っていた。声を出さず、肺の中の息を漏らすような、笑み。
気づくと、ジャンの両手がベルナルドの肩に回っていた。その腕の長さの距離で、見つめられ、言葉になっていない笑みを向けられたベルナルドは、
「まさか――ジャン……おれは」
ギクンと、ベルナルドの胃のあたりがこわばった。
――まさか、気づかれていて……。
――ジャンカルロには、俺の邪で、有り得ないこの気持ちは筒抜け……。
――ジャンは、それを知っていて……だからこうやって、からかいに……?
「ま、待ってくれ、ジャン……。その、俺は――すまん、でも……」
自分でも、自分を殺したくなるようなあやふやな言葉しか、出ない。
その焦燥と自己嫌悪にベルナルドが次の言葉を探せないでいると、
「……。――……も、さ……」
「……!? な……」
スウッとジャンの腕が、ベルナルドの肩を滑って、回り、はっきり見えないジャンの顔が、その口がベルナルドに言葉を囁く。
「……ジャン、おまえ……」
――俺も、さ。
そう、聞こえてしまっていた。ベルナルドは、自分が聞いたそのジャンの囁きの意味に
頭蓋の中身と、身体を一瞬で支配されてしまっていた。
「……ま……まって、くれ。俺、たちはその――」
「…………」
「ジャン、俺たちは、その……。う、うれしいよ、俺は、だが今は――」
やっと、ベルナルドがそこまで言ったときだった。
shhhh...t
……サアっと、ベルナルドの脚でスラックスが衣擦れの音をたてる。今度は、ゆっくりと――それはすぐに、何かのリズムのようになって、ベルナルドの言葉を完全に奪う。
「あ、ああ……」
ベルナルドの口から、自分でも嫌になるくらいの情けない声が、快楽じみたうめきがもれてしまう。彼の右脚にまたがったジャンが、そこで――ゆるやかに体重をかけながら、ベルナルドの肩に回した手を軸にしてゆっくりと、腰を波打たせていた。
「……フ…………」
ジャンは、何か相手をいたぶるような色の目で笑みを浮かべ、そのまま腰をつかう。
その動きは……ベッドに横たわった男の上でペニスに貫かれ、むさぼる、そのセックスの体位のときの動きそのままで――ベルナルドは、その摩擦の熱さと重さ、そして幾重もの生地を染み通ってくるジャンカルロの身体の熱さ、彼の尻と腿の感触に、脚ではなく勃起したペニスを弄られているのと同じ快感に侵食されていた。
「……う、う……。ジャ、お、おい……しって、たのか……」
「……ハハ……」
途切れる声だけは、まだ生煮えのベルナルドにジャンが笑い、その口が、顔が――
「……あ、あ……!」
キスをするように、ジャンの顔が寄って――ベルナルドの心臓が一瞬、機能を止める。その一瞬後、彼の心臓が危険なほど高鳴ると――ジャンカルロの笑みと唇は、ベルナルドの耳元、長い髪のあいだに埋まって、そこで暖かいクリームのような声を、吐く。
「……あのときから――……さ」
ずっと、という言葉がベルナルドの耳と、首筋を溶かす。そのまま、ジャンの口はシェービングの泡のような息を耳と首に絡めながら、
チュ、と粘った小さな音がして……ベルナルドは自分が耳朶を噛まれ、そこにキスをされたのを感じる。
「……く……! あ、あ……ハ、ハハ……ジャン……俺は――」
何かを言葉にしようとして、そしてそれが出来なかったベルナルドの口から濁った熱い息が絞り出された。
「……バカだな、おれは……」
ベルナルドは乾いた唇で、言って……その口で、彼の目の前、互いの首筋に顔を埋めている、相手――愛しい、彼のカポであり大事な相棒であり、そして変わらない弟分で……そして、今は……いや、ついに……こわごわと互いに触れているジャンカルロの存在に、その気持ちに、身体と脳幹の奥から熱く溶かされて、いた。
「……ジャン……」
ベルナルドは、彼の口元で揺れていたまぶしい金髪の中に、鼻と唇を埋める。その奥、うなじと首筋を唇で愛撫し、熱く感じるジャンの耳朶に口を這わせると、愛しい恋人の身体がぴくんと震えたのが、わかった。
「……ン……」
そのまま、ジャンの耳にキスをし、なんども唇で撫でて、ジャンの身体がそのくすぐったさに慣れ、熱く緩んだところに――ベルナルドは唾液がつかないようにした舌で、別のキスを、愛撫をする。
「……フ……、っ……。ハハ……この……」
ジャンが、なにかひどい言葉でベルナルドを詰って、言葉で愛撫する。その、いつものジャン、だがベルナルドの知る、初めてのジャンカルロが――酒より強い何かにとろけた息と、声でベルナルドの名を、ささやく。
「……ジャン……」
どんなキスよりも、名前をささやかれたそのことが脳髄に熱く、やさしく刺さる――
ベルナルドは、肺の中をジャンの髪、そして皮脂の匂いで満たし、それをキスと合わせて吐いて……そして、いっときだけ顔を離し、今度は逆のほうの耳元に首をうずめ、
「……こんなことなら――ハハ……」
自嘲するような、人生まるごと後悔するようなベルナルドの、声。
そんなベルナルドの鼻腔、喉、肺に、身体が熱くなって発せられるジャンの体臭が――間違えようのない彼の皮脂と汗の匂い、そして熱で再び目覚めた、ベルナルドが好きなタイプのコロンの芳香が混ざって、何かのシャワーのようにベルナルドを包み込む。
「……ン……、っ……。……ハ、ァ……」
ベルナルドの目の前で、スイ、と離れたジャンの身体が、その喉と顔がのけぞったのがみえる。その動きで少し伸び気味の髪を流したジャンは、またベルナルドを見つめながら……だが今度は、何かつらそうな、何かをこらえるような眼の色で、
「ジャン……」
「……やべ……。もう…………」
ジャンは言葉を甘く吐くと、またベルナルドの脚の上で腰を波打たたせる。その感触は……熱い腰と、やけに柔らかに感じる尻の重さ、そして――二重のズボン越しでも、はっきりわかる。興奮で固くなったジャンの陰のうが、何かをなすり付けるようにベルナルドの腿を愛撫していた、が……。そこには、ペニスの感触は、ない。
「……ハ、ハハ……。俺もだよ、ジャン……」
ズボンの奥で、興奮しきって、おそらく痛いほどに勃起しているジャンの股間がベルナルドの目に刺さる。そのすぐ近くで、自分のズボンの奥もひどいことになっているのを、ベルナルドはいまさら気づいて――その完全な勃起、服を着ていなければ自分のヘソをレイプしようとする勢いで反り返っているであろう怒張、その満たされない興奮と快楽に、勃起がきつすぎて睾丸が痛いほどの自分の興奮に気がついて、濁った熱い息を吐く。
「……は、ああ……、う、うん……。ま、ま……まて、ここには他の――」
「……。……さ、連中……」
ジャンが、わずかに喉を反らせて、そして髪を揺すりながら何かを言い、そして、
「……い、いや。さすがに――……。……! な、ジャ……」
ジッ、っと音が――間違えようのない、きついファスナーがじれったそうに降ろされるその音が、この狭い電話部屋の中に広がる。
その音は、いつの間にか、ベルナルドの背と腰を滑っていたジャンの手が、彼がまたがる太腿の付け根に這って――そこで、人体のどこよりも固く、熱くなっていたベルナルドの怒張に触り、張り付いていた。そして、その器用な指はファスナーを探って、下し……。
「……う、っ……く……! は、はあ……! ジャ、ジャン……」
「……すっげ……。なに、コレ……」
ジャンが、ファスナーをやりづらそうに下ろしながら、なじるような笑みを浮かべる。その手が離れる頃には、ベルナルドは自分のペニスが、その先端が下着を湿らせるほど先走っていたのに気づいて、カッと顔が熱くなった。
「くそ……。ミドルスクールのガキじゃあるまいし、フ、ハハ……。く……ジャン……」
「……ン……。いやらしい、おっさん――」
ジャンがまた、言葉でベルナルドの耳朶と脳幹を愛撫し、そしてその手は、熱く、わずかに湿気ってしまっている下着越しに、血管が固く浮き出るほど怒張したベルナルドに触れて――手の形に包み込み、そしてその手指はフォークボールを投げる形になって、その熱い棹を上下に手淫して、いたぶる。
「く……っ……! は、はぁ……。ジャ、ン……そ、その――」
「……いいよ――」
自分でも嫌になるくらい間抜けなうめきを漏らしたベルナルドに、ジャンは謎の言葉で答え、手淫を続け――そのまま、今度はベルナルドを手淫するその手を支点にして――ゆっくり、シーツをかけるようにしてジャンの身体がベルナルドの脚の上に、彼の身体にしなだれかかり、張り付いてくる。ジャンの腰が下がると、ベルナルドの脚にぎょっとするほど固く、熱い勃起の感触が突き刺さってきた。
「は……ぁ、ああ……。ジャ、ン……俺は……」
ベルナルドは、完全にジャンの身体と、その芳香と、そして男どうしゆえの、かつてないほどに急所を突いてくる至高の手淫に、完全にとろかされ支配されて、いた。
だが、口では――
「……他の奴らに、見られ……しられ、たら。俺は――いや、おまえまで……」
低俗なポルノで、犯されるのを待ちわびているのに口では抵抗する、そんな安いシチュエーションそのままで自分が何か言っているのをベルナルドは感じ、
「俺は……。でも、おまえまで――」
そこまでベルナルドが言ったとき、だった。
「……ン――」
ジャンが、何かなじるように、咳払いのような声を漏らして――
「……!?」
ベルナルドが、ギクッとすると――いつの間にか、手淫をやめていたジャンの手が、両の手指が、両側からベルナルドの髪を、首筋のあたりを捕らえて愛撫し、
「……ッ……! つ、ふ……、ぅ……」
「……ン……っ……、ぁ……」
半呼吸遅れて、二人の口の間から息が、そしてネチ、と湿った音が、キスが密着するときの音が、漏れた。
「……ぅ……く、ふ……。……は、ぁ……!」
「……ッ……ぬ、っ……」
お互いの気道と、肺の中身を呼吸しようとするような、噛み付くようなキスだった。
ジャンが唇で噛んだ、ベルナルドの口は――最初の数呼吸だけ、戸惑って緩んでいたが……次の呼吸が始まった時には、何かむさぼるような勢いになって、ジャンの口蓋に唇をはわせていた。
「……ハ、ぁ……ァ、ア……ッ――」
「……ふ……ぅ、ん……! は、はあ……すまん、がっついて――
「ハハ……。……ン、ッ……」
――自分でも、嫌になるくらい稚拙なキスしか出来ない。
ベルナルドは、自分が興奮しすぎて、愛撫すら満足にできないほど昂ぶっている、そしてそれを抑えられないことに自己嫌悪しながら――だが、襲うような、奪うような、噛み付いて何かを食うような、そのジャンへのキスを止められなかった。
「……フ、ぅ、ふ……ぁ……。べ……べる……ぁ……」
一時だけ、ベルナルドの口から逃げて呼吸したジャンが甘い声を漏らす。ベルナルドは、その声にギクン、とこわばるほど自分が興奮し、また硬くなったのを感じ――
「ハ、ッ……う、ぅ……ぁ――」
ジャンが、喉を反らせ、髪を揺らせて……肺の中で熱くなっていた息を吐いた。
ベルナルドはその喉、そしてシャツの襟もとから覗いている、汗でわずかに赤く染まった肌に、首筋と尖った喉、ハッとするほどなめらかな鎖骨のラインにキスして、わざと唾液で跡をつけるような愛撫の雨を降らせる。
――もう……駄目だった。
――こんなことがバレたら、全てを失う。わかっていても……。
――ここには、泥酔しているとしても彼の仲間がいるのに……。
もう、ベルナルドは自分の脳幹の奥にあるブレーカーが火花を噴いて焼けたのを自覚し、そして、この甘美な破滅と絶望、その前戯と、恋人の身体に溺れきっていた。
「……。ン、フ……。な……?」
「は、ぁ……、ああ……! ……? ジャン……えっ……?」
ふと、ベルナルドが気づくと――
ジャンは、またベルナルドの肩に手をかけ、ぶら下がるように身体を離し……何か、見せつるようにして、乱れた襟元と、汗で濡れた顔でベルナルドを小さく見あげる。
「……ジャン……。それは――」
「フフ……。――な……?」
いつの間にか……。
ベルナルドを見つめるジャンの口には、ニッと歯を見せるように笑ったその口には、罪深いほどに鮮やかなピンクの色をした、小さな四角が咥えられていた。
最初は、それが何かわからなかった。
だがジャンは、ベルナルドの反応をまたずに――彼を甘く責めるような目で見つめながら、口にくわえたピンクの包み紙に指をかけ、ピッと裂き、
「……。あ…………」
それが、何かわかったベルナルドの口が、ゴク、と乾いたツバを飲んで震える。
ジャンの手指は、白い歯と、濡れて染まった唇は、おもちゃのようなピンク色のスキンを摘むと――
「…………な……?」
また、ジャンの指がベルナルドの下に……下着のその部分を先走りで汚したまま勃起しきっていた陰茎に、触れて――その隙間から、そうっとジャンの生指と爪が忍び込んで、ベルナルドのペニスそのものに触れて、彼に間抜けなうめきを漏らさせていた。
「……く、ぅ……! ジャ、ン……。ああ……」
「な……?」
ジャンの手が、ナックルボールの形でベルナルドの勃起の表面で薄い包皮をなぶって、手淫し……そこに別の手が、ピンク色のラテックスゴムを――――――